Management Column「睡眠不足」のリスクと睡眠改革

睡眠不足は、単に「日中眠くなる」「仕事の効率が落ちる」といった個人の問題にとどまりません。一瞬の判断ミスや意識低下が、取り返しのつかない事故に直結するリスクにもなります。
最近発生した事案として、停車するはずの駅を列車がそのまま通過してしまうトラブルが発生しました。その背景として、ダイヤの乱れによる深刻な休憩不足があります。本来6時間あるはずの休憩が、わずか1時間ほどしか取れない状態で業務に就いていたのです。
「居眠りはしていない」「気力でカバーできている」と思っていても、睡眠や休息が不足した脳は、本人の意思とは無関係に一瞬の意識低下を引き起こします。もしこれがドライバーの運転中や工場での危険作業、医療行為、あるいは重大なビジネス判断の場で発生した場合、取り返しのつかない事態を招きかねません。私たちが軽く受け入れがちな睡眠不足は、組織と働く人の双方にリスクを強いているのです。
1.日本の働く世代の睡眠の現状
「健康づくりのための睡眠ガイド 2023」では、働く世代(成人期)の睡眠と労働について、まとめています。
- ■働いている年代ほど睡眠不足
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20〜59歳の約35〜50%が「1日の平均睡眠時間6時間未満」
特に30〜50代男性や40〜50代女性で睡眠時間の不足が顕著です。 - ■国際的にも最短レベル
- OECD(経済協力開発機構)の調査でも、日本人の平均睡眠時間は加盟国の中で最も短いとされています。
- ■個人の努力だけでは難しい面も
- 睡眠時間の減少には、長時間労働や過度な残業、家事・育児の負担、通勤時間などが複雑に影響しています。
2.睡眠不足が労働や健康に与えるリスク
睡眠や休息が不足している脳は極めて危険です。厚生労働省広報誌インタビューによると、一晩徹夜をした状態の脳のパフォーマンスは、血中アルコール濃度0.1%になったくらいの状態となり、完全に酔っ払った状態と同等まで低下することが知られています。
さらに恐ろしいのは、じわじわ蓄積する睡眠不足です。完徹をしなくても、1日4時間程度の睡眠を5〜6日続けるだけで、徹夜明けとほぼ同じレベルまで判断力や反応速度が低下します。
そのため、慢性的な睡眠不足、いわゆる「睡眠負債」が溜まると、日中の眠気にとどまらず、心身に重い影響が現れます。
- ■作業効率低下と事故リスク
- 注意力・判断力・集中力が低下し、仕事のパフォーマンスが落ちるだけでなく、ヒューマンエラーや労働災害、通勤中の交通事故といった重大なトラブルを引き起こしやすくなります。
- ■心身の健康悪化
- 高血圧・2型糖尿病・心臓疾患などの生活習慣病のリスクを高めるほか、うつ病をはじめとするメンタルヘルスの不調や離職リスクにも直結します。
3.働く世代の睡眠ガイド
厚生労働省によると、大きく3つの事項を推奨しています。
- ■6時間以上の睡眠を目安に確保する
- 適正な睡眠時間には個人差がありますが、日中の眠気や疲労を残さないためにも6時間以上を目安とし、自分に合った必要な睡眠時間を見極めることが推奨されています。
- ■睡眠の質(睡眠休養感)を高める
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起床時に「しっかり休めた」と感じられる感覚(睡眠休養感)が重要です。
就寝前のスマホやPCの使用を控える、寝室の温湿・光環境を整える、夕方以降のカフェインや就寝前のアルコールや喫煙を避けるといった工夫が有効です。 - ■「休日の寝だめ」を避ける
- 平日の睡眠不足を休日にまとめて解消しようとすると、体内時計が乱れてかえって週明けの倦怠感(社会的時差ぼけ)に繋がります。 休日に長時間眠らないと持たない状態自体が「平日の睡眠時間不足」のサインです。
4.交替制勤務・夜勤・シフトワークと職場の取り組み
現代の24時間型社会を支える交替制勤務や不規則な勤務形態については、体内時計に逆らう生活となるため留意してください。
- ■光と仮眠の工夫
- 夜勤前の適切な仮眠や、勤務中のカフェイン活用をうまく取り入れたり、退勤時の日光はサングラス等で遮り、就寝前は照明を落として光を抑えるなど、体内時計を乱さない光のコントロールと工夫が必要です。
- ■職場・組織としてのサポート
- 睡眠時間の確保は個人の頑張りだけでは限界があります。 企業や職場管理者に対して、終業から次の始業までの十分な休息時間の確保や、適正な労働時間管理、ワークライフバランスの推進といった組織的な職場環境づくりが求められています。
5.「睡眠」と健康経営
健康経営は、従業員等の健康管理を「将来の収益性を高める経営投資」と捉え、戦略的に実践することです。
少子高齢化に伴う労働力不足や、体調不良による生産性低下などの経済損失を防ぐため、国は「攻めの予防医療」として健康経営を推進しています。また、成長戦略の一環として、企業や保険者による健康投資額を2025年の約1兆円から2040年までに約2倍へ拡大することを目指しています。
■健康経営銘柄とは
従業員の健康管理を経営的視点から戦略的に実践する優良な東証上場企業を、経済産業省と東京証券取引所が選定する制度です。健康経営銘柄に選定されるためには毎年8月~10月ごろに行われる健康経営度調査に回答する必要があります。
■「健康経営度調査票」改訂
2026年度の調査票改訂では、時代の変化や政策的優先度の高い健康課題に対応するため、見直しや新設が行われます。これまでの睡眠対策は「従業員の生産性低下防止のための施策」の選択肢の一つでしたが、新たに「睡眠の質向上に向けた取組」として独立した設問になります。
- ■背景
- ・睡眠は健康を支える最も重要な要素の一つであり、また睡眠不足による業務パフォーマンスの低下や心の健康に与える影響についても研究が進んでいます。
- ・国の骨太の方針2026(原案)に「睡眠対策を含む健康経営の推進」が明記され、睡眠改善は国家戦略として位置づけられました。
- ・2026年3月に、睡眠関連の2業界団体が「睡眠関連商品及びサービスに関する業界自主ガイドライン」を公表し、企業が客観的根拠のある施策を選びやすい環境が整いました。
- ・2026年6月より、医療機関が診療科名として「睡眠障害」を掲示できる体制が整いました。
6.睡眠に対する意識の転換
従業員一人ひとりの睡眠の質と量は、個人努力の問題にとどまらず、組織全体の安全性や生産性に直結する経営課題でもあります。
「しっかり休み、質の高い睡眠を取ること」を肯定し合える職場環境を目指すことは、心身ともに健康で、持続可能な組織を築くための第一歩となるでしょう。
■参考資料
[厚生労働省]
「健康づくりのための睡眠ガイド2023」「広報誌『厚生労働』2025年3月号「良質な睡眠で心と身体を健康に」」
[[経済産業省]
「第6回 健康経営推進検討会事務局資料(経済産業省)」「健康経営」
