Management Column賃上げの効果とは?深刻化する人手不足、問われる定着力

近年、企業規模を問わず、多くの企業で人手不足が深刻化しています。企業の欠員率(常用労働者数に対する未充足求人数の割合)は、2010年以降一貫して上昇しており、特に中小規模企業ではその傾向が顕著です。
例えば、従業員数5~29人の企業では、欠員率が約1%から5%程度へと大幅に上昇しており、人材の確保が容易とされていた大企業でさえ、欠員率は1%から2%程度に高まっています。 こうした人手不足を補うためには、新たな人材の採用が不可欠ですが、ハローワークにおける求人充足率(求人が実際に紹介された割合)は、2010年以降、フルタイム・パートタイムともに低下傾向が続いています。フルタイム求人の充足率は10%前後、パートタイムでも15%前後と、求人数の多さに対して応募が少ない状況が続いています。
1.求職者にとって判断材料の一つである「賃金」
こうした人手不足の中で、求職者の応募状況を左右する要因としているのが「求人条件」です。
ハローワークにおけるデータ分析によると、求人賃金を最低賃金よりも5%以上高く設定した場合、3か月以内の被紹介件数(応募に至った回数)は約10%増加する傾向があります。さらに、「完全週休2日」や「ボーナス支給」などの条件も、応募を促進する効果があるとされています。
環境面では、時間外労働が多い職場では応募件数が減少する傾向があり、求職者がワーク・ライフ・バランスを重視していることがうかがえます。また、求職者が実際に入職先を選んだ理由を見ても、「仕事の内容への興味」や「能力・個性・資格の活用」に次いで、「収入の多さ」と「労働条件の良さ」が判断要素となっています。
そのため人材確保のためには、適切な賃金水準の設定に加えて、休暇制度や労働時間など、総合的な労働条件の整備が求められます。
2.賃上げによる離職確率の低下について
賃上げは単に人材を採用する手段にとどまらず、従業員の定着を促進する重要な施策でもあります。前職を離れた理由として多く挙げられるのは、「収入が少ない」、「労働条件が悪い」といった要因です。特にフルタイム労働者では、男女ともに約1割が「収入の少なさ」を離職の主因としています。このことから、十分な給与水準を確保することは、従業員の離職防止に直結するといえます。
さらに、(独)労働政策研究・研修機構が実施した企業調査によれば、ベースアップを実施した企業のうち約2割が「社員の離職率が低下した」と回答しており、加えて約4割の企業が「既存社員のやる気が高まった」と述べています。
こうしたデータは、賃上げが従業員のモチベーション向上とともに、離職の抑制につながる有効な手段であることを、企業自らが実感していることがうかがえます。
そのため、賃上げは従業員の働く意欲を引き出し、組織への定着を後押しする効果が期待できることから、持続的な雇用環境の構築において不可欠な取り組みといえます。
■賃上げで企業が実感する効果
新卒採用の募集の応募が増えた | 8.34% |
---|---|
中途採用の募集の応募が増えた | 8.34% |
既存の社員のやる気が高まった | 21.28% |
社員の離職率が低下した | 8.34% |
企業イメージが向上した | 15.55% |
3.賃上げは労働者のモチベーションや自己啓発にプラスの効果をもたらす
厚生労働省の調査によれば、年収が増加した労働者は、仕事への満足度が高まり、「生き生きと働いている」と感じる割合が増加する傾向にあります。特に、年収が25万円以上増加した場合には、その効果がより顕著であり、単なる金銭的な満足だけでなく、働き方の主体性や積極性といった精神面にも良い影響を及ぼしていることがうかがえます。
さらに、年収の増加は「自己啓発活動」にも好影響をもたらしています。年収が横ばいまたは減少した層の約19~20%に比べ、年収が25万円以上増えた層では約23%が新たに自己啓発に取り組んでおり、一定の収入の伸びが自身の成長意欲を後押ししている可能性が示唆されます。 加えて、年収の上昇は「個人の幸福度」の向上にもつながっており、年収が増えた層ほど幸福感の高まりが見られる結果となっています。
これらのことから、賃上げは単なる報酬の増加にとどまらず、労働者のモチベーションやエンゲージメント、さらには自己成長や幸福感の向上といった多面的な効果をもたらし、企業の生産性向上にも寄与する重要な施策であるといえます。
■規雇用労働者の年収変化と仕事、生活の関係について

4.賃金引き上げ支援制度の活用
厚生労働省・中小企業庁では、企業の賃金引き上げを支援するため、複数の助成金・補助金制度を用意しています。これらの制度は、条件を満たせば組み合わせての利用も可能です。ただし、同一の設備投資などに対する重複利用はできません。
- ■業務改善助成金
- [対象]
- ・中小企業・小規模事業者であること (大企業と密接な関係を有する企業(みなし大企業)でないこと)。
- ・事業場内最低賃金と地域別最低賃金の差額が50円以内であること
- ・解雇、賃金引き下げなどの不交付事由がないこと
- [支援内容]
- ・事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げること
- ・生産性向上のための設備投資や業務改善の取り組みを行うこと
- ■キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)
- [対象]
- 有期雇用労働者、短時間労働者、派遣労働者といった非正規雇用(有期雇用労働者等)の企業内でのキャリアアップを促進するため、正社員化、処遇改善の取組に取り組む事業主。
- 1:雇用保険適用事業所として登録している
- 2:各事業所に「キャリアアップ管理者」を配置している
- 3:「キャリアアップ計画」を作成し、労働局長の認定を受けている
- ※計画内容を変更する場合は、実施日の前日までに変更届の提出が必要
- 4:対象労働者の労働条件、勤務状況、賃金支払い状況を証明できる書類を整備している
- ※賃金の算出方法が明確であること
- 5:キャリアアップ計画期間内に実際の取り組みを行っている
- [支援内容]
- ・非正規雇用労働者の基本給を3%以上引き上げる場合に助成
- ・最低賃金の改定に伴う賃金規定の改定も対象
- ・就業規則等の作成・変更に係る費用も助成対象
- ■IT導入補助金・ものづくり補助金
- [対象] 中小企業・小規模事業者
- 各業種に従業員数の対象規模範囲があり、業種によっては資本金の対象範囲があります。
- [支援内容]
- ・通常の補助率よりも優遇された2/3の補助率を適用
- ・生産性向上に資するIT機器の導入、最低賃金引上げへの促進(IT導入補助金)
- ・製造過程の改善に必要な設備投資等を支援(ものづくり補助金)
これらの支援制度は、企業の規模や業態、実施する取り組みによって、適用される要件や助成額が異なります。申請に際しては、労働局や産業支援センター等に相談、確認をすることをお勧めします。
5.賃上げは人件費増ではなく「投資」である
企業にとって賃上げは一時的なコスト増に見えるかもしれません。しかし、離職率の低下、エンゲージメントの向上、スキルアップの促進といった企業成長のエンジンとなります。
人手不足時代における競争優位の鍵は、「魅力的な報酬体系」と「安心して働ける環境づくり」です。離職防止の観点からも、戦略的な賃上げの実行が、今後ますます重要になっていくでしょう。
■参考資料【厚生労働省】
・第2章 賃金引上げによる経済等への効果・令和5年 雇用動向調査結果の概要 ・厚生労働省、中小企業庁では、最低賃金引き上げに伴う支援・後押しを強化しています